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2008.11.17

ジャスダック上場ディックスクロキ倒産-建設・不動産恐慌(15)

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 ジャスダック上場のディックスクロキが11月14日に民事再生法を申請し、倒産しました。

 今年に入ってからの上場企業の倒産は、28社目です。

 上場企業倒産の戦後最多記録は、2002年の29社ですから、更新するのはほぼ確実な情勢です。

ディックスクロキ破たん 負債181億円
 地場不動産大手でジャスダック上場のディックスクロキ(福岡市)は14日、福岡地裁に民事再生法の適用を申し立て、受理されたと発表した。負債総額は約181億円。世界的な金融危機の影響を受け国内金融機関が不動産向け融資を急速に引き締めたため、保有不動産の販売が鈍化。資金繰りに行き詰まった。
 信用調査会社の帝国データバンク福岡支店によると、上場会社の経営破たんは今年29件目で、2002年に並んで戦後最悪となった。
 ディックスクロキは、オフィスビルや賃貸マンションなどの不動産開発、販売・管理が主力。福岡市・天神に近接する岩田屋体育館跡地(簿価約19億円)のほか宮崎市や鹿児島市、東京、大阪、名古屋などに販売用不動産を所有。九州を中心に全国約330棟の賃貸ビルを管理している。
 不動産の証券化や、不動産ファンドなどに物件を1棟売りする新手法で業容を拡大。08年3月期決算は売上高約268億円、純利益8億5400万円で、ともに過去最高だった。
 しかし、07年秋ごろから不動産市況が急速に悪化。資金繰りのため今年6月から保有物件の売却を急いだが、30億円弱で売却を見込んでいた岩田屋体育館跡地の交渉が不調となるなど販売が不振。売却代金で借入金を軽減する再建策が破たんした。
 同社は、福岡市内を中心に支援企業(スポンサー)を探し、再生を図る。従業員105人は半数以下に削減。鹿児島市や東京など福岡市以外の営業拠点は閉鎖し、不動産管理中心の事業構造に転換する。賃貸物件の管理など顧客サービスは今後も継続するとしている。(西日本新聞11/15)


ディックスクロキの軌跡

 ディックスクロキは、北九州を地盤とする九州トップクラスの不動産デベロッパーです。
 同社は、賃貸マンションを開発し、不動産ファンド等へ一括売却することに特化して事業拡大してきました。
 販売後も管理契約を結び安定収益も確保しています。
 なお近年は、ビジネスホテルにも注力していました。


創業

 同社は、1984年11月から黒木透氏(現代表取締役)が「黒木公益計算事務所」という屋号で行っていた事業ビルコンサルタント業が前身です。
 黒木透会長は、職業訓練校から、大工・営業経て工務店勤務から同社を立ち上げ、上場企業にまで育て上げたたたき上げの人物です。

 1997年4月に、「(株)黒木事務所」と、1991年に不動産売買・管理のため設立した「(株)クロキビルディング」を合併し、「(株)ディックスクロキ」に商号変更して、現在の形となりました。

発展

 ディックスクロキは、2000年4月にジャスダック市場に上場します。


 首都圏から生じた不動産ファンドの隆盛は、地方都市へも波及し、同社の業績にも恩恵をもたらします。
 同社は、2004年以降、ホテルのバリューアップ事業を積極的に展開します。

ビジネスホテルのバリューアップ第一号物件改装オープン ディックスクロキ
事業用賃貸マンションの企画・開発・供給を行っている(株)ディックスクロキは、このほど、福岡市内のビジネスホテルのバリューアップを完了し、改装オープンした。
 これは不動産ファンド及び、個人富裕層からの、ビジネスホテルに投資したいという要望に応えたもの。既存のビジネスホテルの土地と建物を取得し、改装によるバリューアップを行った後に、投資家に販売することを目指してオープンした。
 物件は福岡市内のビジネスホテルで、物件名称は「ヴァリエホテル赤坂」。平日はビジネス利用、週末は若者やファミリーが利用しやすいよう、「エンタテインメント性と機能性を手ごろな価格で」をテーマとして提供している。同ホテルは3月末に投資家に販売する見込みで、既に大阪市内の法人と約5.5億円で売買契約を締結している。
 同社は今後も賃貸マンション事業を主体としながら、投資家ニーズにより、ホテルや商業ビルなどの都市型物件を供給も年間2〜3棟をめどに取り組む予定だ。(大家さん読本05/01/12)


 不動産ファンドの伸張に従って、同社の業績も堅調に推移しました。


 伸び率こそ、首都圏の新興不動産ディベロッパーに比べれば低いのですが、約3割の管理収入を得ており、安全性も確保していました。


市場急変、そして破綻

 業容拡大に伴って、同社の負債も増加していきました。この辺りは同業他社と同様です。


 同社のビジネスは、顧客を不動産ファンド等に限定しているため、今回の金融恐慌の影響をまともに受けてしまいました。

 同社の重要物件に、用地取得から建設まで一貫開発した「ホテルパッシオーネ宮崎」がありましたが、08年3月にファンドへ売却予定がキャンセルになり、9月にようやく買い手が見つかる状況でした。

 8月14日に開示した09年度第1四半期決算では、売上は3割落ち込み▲19.94億円の純損失が発生。シンジケートローンの財務制限条項に抵触する可能性が高くなり、「継続企業の前提に関する重大な疑義」を注記されてしまいました。

 8月末には経営改善計画を発表しています。


 今年9月以降は、同業他社の経営破綻が相次ぎ、融資状況も著しく悪化し、物件の販売による資金捻出も困難になります。

 11月14日は、09年度第2四半期決算の法定提出期限でしたが、同社は提出を断念し、民事再生手続き開始の申し立てを行い、倒産しました。

 同社の黒木透会長は、記者会見のなかで「予測を超える不動産市況の悪化で、融資を返済することができなくなった」と述べていました。

 今回の市場の急変が、いかに急激だったかが伺えます。

ディックスクロキの株価

 ディックスクロキ株は、年初から400円付近で推移していましたが、不動産ディベロッパーの破綻ラッシュが始まった7月から崩れはじめました。
 8月に四半期純損失とゴーイングコンサーンの疑義の開示により暴落し、倒産含みの株価となりました。


 同社株は11月13日に大きく下げ、倒産日の14日にはある程度の出来高を伴っての下落です。情報が漏れてしまった可能性もあります。場中に倒産が発表されたことも含め、情報管理の緩さが伺えます。



 ディックスクロキは、2000年11月14日に上場し、初値は455円(現換算:227.5円)でした。2001年末から2002初頭にかけて急騰し、一時3000円を超えた事もあります。
 その後、大きく調整しましたが、2005年末から暴騰して、2005年12月30日に最高値3,990円(現換算:1,995円)をつけています。

 なお、同社株は2006年9月26日に2分割しています。

参考書籍

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参考記事

08.11.14氷河期の住宅産業-官製不況の最中に到来した世界不況

08.11.10ジャスダック上場のダイナシティが倒産-建設・不動産恐慌(14)

08.11.06東証2部上場のノエルが破産-建設・不動産恐慌(13)

08.10.17東証上場REITのニューシティ・レジデンス投資法人が倒産-J-REIT初の破綻


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コメント & トラックバック

はじめまして、いつも楽しく拝見しております。

当記事で一点気になったのですが
「ダイナシティは、2000年11月14日に上場し~」
のくだりはディックスクロキの誤りではないでしょうか?

当方の勘違いでしたら申し訳ありません。
以上です。

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